その日の昼休み、私は、下級生用の昇降口のそばにある校庭の遊び場で、うんていの順番を待っていました。
 ぶら下がったうんていの鉄の横棒を片手でしっかり握ったまま、じゃんけんをしながら勝ち進んだ上級生が、ようやく敵の陣地を取った後、横棒の上を歩いていた男の子が、職員室の窓から顔を出した黒縁の眼鏡をかけた男の先生に、「下に下りて下級生にも順番を回せー。」と怒鳴られてから、ようやく私たちの番が回って来た時のことです。
 一段とばしや二段とばしをしながら勢いよく前に進んでいく同級生を眺めながら、私も列の後ろのほうに並んでいました。
 
 ふと左手に目をやると、ゆるやかな傾斜の上に立つ校門のところに、見知らぬ大人が二人立っているのが見えました。男の人と女の人でした。
 校庭の中に入ってこない2人を物珍しそうに眺めていた上級生のうちの何人かが、小走りに校門に近づくと、何分も経たないうちに男の人にもらった紙切れを手にして戻ってきました。
 上級生に、自分がもらった紙がほしいなら取りに行ってもらって来いといわれ、一体それに何が書いてあるのかを知りたい下級生たちは、恐る恐るその二人に近づいて行って、それぞれが紙切れを手にして戻ってきました。
 
 横入りをされてまだうんていの後列のほうに立っていた私の横で、ビラを持って戻ってきた子どもたちのうちのひとりが、話が通じたと言いました。 カーディガンなのか妙に不恰好な前合わせの上着に、だらりと長いスカートをはいた女の人は、収穫前の田んぼで大きく風に揺れる黄金色に輝く稲穂のような髪の色をしていて、濃い茶色の髪の色の男の人のほうは、つんつるてんの吊りズボンを履きくるぶしの上のほうでギュッと結ばれた紐のついた分厚い靴底の茶色い革靴を履いていました。
 話ができるとわかると、怪訝そうにぶらんこの列に並んでいた子も、ジャングルジムの上で様子をうかがっていた子も遊ぶのをやめて降りて来て、進んだり後戻りをしたりしながら二人に近づいていきました。
 
 うんていの順番待ちの列を少しずつ前に進みながら自分の番を待っていた私は、子どもたちに取り囲まれて話をしている二人をじっと見ていました。
 女の人が、親切そうに小さな子どもたちに向かって微笑みかけているそばで、男の人は手に持った紙を配っていました。
 
 「順番がきたぞ、早く行け。」と後ろの同級生の男の子に背中をこづかれ、慌ててうんていの前に立つと、家で姉に教わったことを思い出しました。
「うんていの棒を両手でしっかり握ったら、最後の一本を見て、一回目をとじてから、目をあける。」と自分に言い聞かせながら、棒をしっかり握ってゴールの横棒を確認し、ねらいを定めて目を閉じてから、しっかりと目を開いて前に進んでみたら、急にはずみがついたような気がしました。
 姉に言われた通り、心の中で、左、右、左、右と言いながらよそ見をしないでゴールに向かって手を動かしてみると、ぐんぐん前へ進むことができたような気がしました。前の日は真ん中までしか進めなかったのに、もっと前に進んだような気がしました。
 それでも、やはりゴール直前で落ちてしまったので、赤くなった手の平を見つめながら後列の最後に戻って、残った横棒の数を数えました。あと2,3本でゴールというところまで来ていました。放課後姉に報告したら、ぜったいに喜んでもらえる、と思いました。
 背の高い上級生たちに交じって、一段とばしや二段とばしをしている同級生の手の動きをじっくり見ながら途中で落ちない工夫を考えているうちに、ふと校門の二人の大人のことを思い出して振り返って見てみると、二人はまだそこにいました。今度は、もっと沢山のこどもたちと話をしていました。
 うんていの自分の番が近づいてきていたのに、私は思い切って列を外れて、その人たちのそばに行ってみることにしました。
 
 真ん中分けの髪を襟の後ろで三つ編みにし腰のあたりでひとつに束ねた女の人は、日本語で「神さま」とか「イエスさま」の話をしていて、その横で男の人が子どもたちに紙を配っていました。私も紙がほしい、と女の人に言ってみると、その人は、私の家の裏手にある山の方角を向いて同級生たちに紙を配っていた男の人に、声をかけました。私には、その人の顔がよく見えませんでした。
 吊りズボンのサスペンダーのせいで、少し薄汚れた白いシャツの背中に大きなバツ印をしょっているように見えたのでかわいそうだと思いながら後ろ姿を見ていると、男の人はようやく振り返りました。
 何日も洗っていないのか、ぎとぎとしてつやのない髪の毛のその男の人は、黙って突っ立っている私の方を見ると、「もうありません。」というように悲しそうな顔つきをしながら、両手を腰のあたりで広げて、手の平を空に向けて軽く肩をすくめてみせました。男の人の円らな目は、髪の色と全く同じように濃い栗色でした。
 
 「休み時間おわるぞー。」と声を張り上げながら、ビラをもらった子どもたちが次々と運動場のほうへ走り出したので、紙がもらえなかった私も昇降口に戻ることにしました。
 手ぶらで校舎に向かって走っていたのに、急に、どこから来たのかだけは知りたい、という感情がこみ上げ、私は、走っていたのとは反対方向に踵を返しました。
 息を切らしながら、どこから来たのか聞いてみると、女の人のほうが「あめりか」と言いました。新しい町に慣れてきたばかりで「あめりか」を知らなかった私に、「がいこく」とも言いました。
 
 夜、茶の間の畳の上で、天井を見上げながら父の腕枕でごろごろしていた時、父に、「あめりか」と「がいこく」は同じなのかを尋ねると、父は、「あめりか」は、日本の外にあるたくさんの国のうちのひとつで、日本もまた「あめりか」から見ると「がいこく」なのだということを教えてくれました。
 どうやら天井裏の屋根の上の空の向こうには、まだまだ私が知らない世界があるようなのでした。

<次回に続きます。>

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