駅前の母の実家の茶の間の茶箪笥の一番右端には、東京のデパートの食堂で見た外国製の「こけし」が飾ってありました。
 茶箪笥の横の座卓に座っていた叔父に、誰のお土産なのかを聞くと、叔父は、その時帰郷していた東京の叔母の名前を言いました。
 東京のデパートの食堂では、叔母はその「こけし」が来た国へ行ったことがあるなんて言わなかったような気がするのですが、叔父は自慢げに、卓上にお茶を並べてから空のお盆を持って立ち上がりかけた義叔母さんに、その「こけし」の前に立てかけてあった葉書を中から出して私に見せるように、と話しかけました。
 茶箪笥の中の外国製の「こけし」の横には日本のこけし人形が置いてあり、そこにはほかにも様々なお土産が飾られていました。

 義叔母さんが私の目の前に差し出した葉書を見ると、細かい字で手紙がしたためられてありました。
 よく見ると、葉書の真ん中には縦線が入ってふたつに分かれていて、右側には住所を、左側には手紙が書けるようになっていました。デパートの食堂で叔母が説明していた通りでした。
 ひっくり返してみると、裏には風景写真が載っていました。縁がくたくたになって表がちょっと汚れていたその葉書を、叔父は何度棚の中からとり出して読み返したのかな、と思いました。

 二階の広い三間続きの座敷の畳の上を隅から隅まで走り回っては、廊下に出て3ヶ所に設えられた階段に分かれてどすどすと駆け下りたり駆け上がったりする子どもたちの足音に交じり、仏壇が置いてある六畳間の隣のピアノの部屋からは、従姉が奏でる「エリーゼのために」の旋律が聞こえてきました。
 台所の方からは、伯母たちが、割烹着姿でガスコンロに向かって料理する祖母のそばで、茶碗を洗ったり、カチャカチャと小さな音を立てながら、食器棚の中から和食器を取り出して手際よくテーブルに並べている様子が伝わってきました。

 東京から叔母が送ってくれた小包の中に入れてあった私への贈り物の肌着には、ひらがなで2文字しか私の名前は刺繍されていなかったし、肌着といっしょに入っていた私宛の小さな便せんには、「お元気ですか。」とか「さようなら」とかでなく、丸みのある大きな文字で、縦二行に分けて右から「かんせいって、やっぱりみがけばひかるみたい」とだけしか書いていなかったので、叔母がその葉書の送り主だということを知って驚きました。
 父に説明してもらわなければ、叔母の書いた二行の意味さえやっとだった私は、細かい字で埋められた大人に宛てたこの葉書には、一体何が書いてあるのだろうと思いました。

 じっとその葉書を見ていると、障子の向こうの台所脇の沓脱のほうから、台所に向かって挨拶している男の人たちの声が聞こえてきました。
 顔を上げると、従兄のSくんが「おうっ。どうも、どうも。」と言いながら、お辞儀もせずに入ってきました。Sくんのパパの顔も見えました。
 お酒の配達を終えて店が一段落してから義伯父といっしょに遅れて入ってきた群青色の運動着を着た従兄は、野球帽を脱ぎながら、あたかも昨日も私に会ったかのような口ぶりで「学校どうだ。」と、私に話しかけてきました。

 茶箪笥に葉書を戻しながら、日本のこけしの横に並べてあった外国製の「こけし」を見ていると、叔父が中から出して見て良いぞ、と言いました。
 東京のデパートの食堂でケースのガラスの向こう側に飾られていた「こけし」を、初めて自分の手に取って触ってみると、日本のこけしとは違って、軽くて光沢がありました。
 その人形のお腹のあたりをひねって、そっと開けてみると、中から同じ形の小さいのが出てきました。そして、もっと小さいのも、最後には真ん中が開けられないほど小さいのも出てきました。叔母が言っていた通りでした。

 母のお腹の中にも、こんな風に私たちが入っていたのかな、とか、ちっちゃいほうの模様は大きいのよりも少ないな、などと思いながら、しばらく遊んだ後、座卓の向こうの叔父にその名前を知っているか聞いてみると、叔父は一瞬間を置いてから、入って来たばかりの従兄に向かって、「S、教えてやれ。」と言いました。
 Sくんは、「ありゃ、昨日教えたばかりだぞ。もう忘れてしまったのか?」とでも言いたげな顔つきで私を見ると、「お前は俺が抱っこして大事に育てたから、俺とおんなじ左利きになった。」という話を始めました。それだけは耳にたこができるほど聞いたのに、肝心の答えは教えてくれず、百人一首で一首のかるたも取れなくて「ビールの配達がある。」と言ってそそくさと席を立つくせに、行ったこともない国の「こけし」の名前だけは従兄も知っていたことがわかると、急に悔しくなって、私の目から涙があふれそうになりました。

 ピアノの旋律が止んで、弾いていた従姉や私の姉の笑い声が近づき、みんなが茶の間の座卓を囲み始めると、後から入って来た叔母が、座卓の上の「こけし」をみとめると、「あらっ、マトリョ―シカ。」と小さくつぶやきました。
 叔母と同じように軽い調子でつぶやいてみると、うまく言うことができました。デパートでの叔母との会話を思い出して、どうしてあの時おぼえられなかったのかな、と不思議に思いました。
 
 姉妹や従姉妹や叔母たちが、次々と茶の間の中に集まって全員が座卓を囲んで正座し終えると、障子の外に立っていた従姉のHちゃんが、大きな声で質問をし始めました。
 「はーい、この部屋に大人何人いるー?」
 「子ども何人いるー?」  
 次に、「女何人いるー?」の番がくると、私は誰よりも早く手をあげることができました。
 私には、Hちゃんの口からこの次に「この人形の名前、何ていうー?」という質問が出たら、絶対に間違わずに、そらで「マトリョ―シカ。」と言える自信がありました。

<次回に続きます。>

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