忘れられない人々 2.教会の屋根

 ある朝、叔母といっしょに舗装された道路を歩いていると、道路と垂直に交わる大きな通りにぶつかりました。叔母は、そこを渡るから気をつけるようにと注意すると、足早に道路の向こう側に向かって歩き出しました。道路を隔てた向こう側の建物の屋根の合間から灰色っぽい教会の尖塔が見えました。
 道の真ん中で立ち止まって教会の屋根に見とれていると、叔母は、その近くに向かっているということを教えてくれました。残念ながら叔母は教会へではなく、そばにあった別の建物に向かって歩いていたのです。
 
 保育所か幼稚園だったのでしょうか。建物の間の小道を抜けると急に視界が開け、校庭のようなだだっ広い場所で、私の妹と同じ年齢位の子どもたちが、砂埃を立てながら追いかけっこをして遊んでいるのが見えました。その中に、白い半そでのブラウスを着て紺色のスカートを履き、頭に包帯を巻いた短髪の女の子が一人いました。その女の子は、2,3人の友達と一緒に小走りで私の方へ近づいてくると、愛想よく話しかけてきました。他の子どもたちはその女の子より口数が少なかったのですが、私は少しの間その子どもたちと話をすることができました。
 
 トイレに行きたくなったので、そこにいた女性と話をしていた叔母に場所を訊いて、建物の中の教室のように大きな部屋の奥の方にある洗面所に行きました。そこで壁面のタイル ― もしかするとアート作品だったのかもしれません。- を見つめていると、外で話しかけていた包帯の女の子が勢いよく洗面所に入ってきました。外の空気とはうってかわって思いのほかひんやりと涼しいその洗面所の中で、人懐こいこ犬のように私に付きまとっていたその女の子は、叔母に呼ばれると、他の子どもたちがいる天井の高い大きな部屋に戻っていきました。
 私は、叔母が用意してくれたそばの椅子に座って、テーブルか机のような物を囲んで大人の話を聞いている子どもたちを見ていました。

 母の実家がある町から父方の祖母の住む町に引っ越してからしばらくの間、友達がひとりしかいなかった私は、長姉に連れられて、二番目の姉と時には小さな妹もいっしょに市内にある教会の日曜学校に通っていたのですが、叔母が連れて行ってくれたあの部屋の中にも、日曜学校の醸し出す雰囲気とそっくりの空気が流れていて、室内もやはり、入り口のほうから差し込む穏やかな日差しに包まれていました。
 頭に包帯を巻いた女の子も、静かに座って大人の話に耳を傾けていました。

<次回に続きます。>

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忘れられない人々 1.東京の夜

 小学校に入学して間もなく、- 3年生か4年生の頃だったのでしょうか。- 独身だった叔母といっしょに長い時間汽車に乗って、上京したことがありました。生まれて初めて親元を離れて、当時叔母が住んでいた東京のある町に滞在したのです。何泊したのかは定かではありませんが、もしかすると1泊か2泊だったのかもしれません。
  
 今朝、起きがけに、当時の記憶が断片的によみがえったので、思わず夫にその時の旅の話をしてしまいました。勿論とうの昔の話ですから、記憶違いがあるに違いないのですが、夫は、面白そうに耳を傾けてくれました。
 
 そこは、成城の閑静な住宅街の一角にある家でした。
 叔母の後ろについて玄関を上がり蛍光灯に照らされた温かい雰囲気の洋室に入ると、奥にソファのような長椅子があり、長椅子の前にはテーブルがあり、ドアの右手の奥の窓のそばにはベッドが置いてありました。
 そうめんを食べておしゃべりした後、叔母は私に飲み物がほしいかどうか聞きました。のどが渇いていたのでそう返事をすると、すぐそばに100円玉を入れると飲み物が出てくる機械があると言うので、叔母にもらったお金を握りしめて一人で出かけてみました。
「(商店を営んでいた)おばあちゃんの店にもそんな機械はあったかな?」とか「おばあちゃんのお店まで歩く道は夜は暗くて怖い。」などと思いを巡らせながら歩いているうちに、急に、そこが初めて歩く道だったということを思い出しました。
 見渡すと、辺りが真っ暗闇だということにも気が付きました。急に怖くなって、叔母が販売機があると言っていた場所を探しながら必死で走りました。そして、自分の背丈よりもはるかに高い2台の巨大なスタンドのうちの1台をぐるりと見回しました。
 心臓がどきどきと高鳴っている私は、飲み物を選ばずに、とにかく無我夢中で硬貨をねじこみボタンを押して、泥棒さながら物凄い勢いで飲み物をつかむと、叔母の家を目指して一目散に駆け出しました。
 
 ばたばたと玄関を上がり部屋の中に入ると、受話器を持った叔母が、柔らかな声音で話をしていました。
 ぐったりと長椅子に体を投げ出し少しの間茫然としていたのですが、膝を抱きかかえるようにして楽しそうに電話の向こうの相手と話をしている叔母の、まっすぐに切りそろえられた黒髪が頬のあたりで揺れているのを見ているうちに、次第に気分が落ち着いてきました。数分後に受話器を置いた叔母は、にこやかに飲み物を開けてくれました。それを一口口に含んでみると、スワッというような感覚といっしょに甘いミカンのような味が口の中に広がりました。
 
 100円玉を2枚もらったような覚えがあるのですが、販売機からおつりを取って数えた記憶もなければ、2本持ち帰った記憶もありません。もしかすると私は自分の分だけ買って帰ったのかもしれませんが、叔母はにこにこしながら寝る支度を整えてくれました。
 
 東京の夜はうだるように暑く、叔母に開けてもらった窓のすぐそばに寝ていても、なかなか寝付かれませんでした。ベッドでいっしょに寝ていた叔母は、寝息も立てずにぐっすりと眠っているように見えました。

<次回に続きます。>

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