午後の音楽会

 

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モンタナの大自然の

雨や

平原や

森の樹木の枝葉のざわめきの音色を、

海や月や星の

光と影が織り成す風景を、

旋律にのせ

ピアノ弾きは、今日も奏でる。

心の赴くままに - 

彼のスタインウェイに

五線譜はいらない

参照:

ジョージ・ウィンストン・オフィシャル・ページ(George Winston Official Page)
【今週末のツアー・スケジュール】
ストラスモア・ミュージック・センター(THE MUSIC CENTER AT STRATHMORE)
★2014年11月30日(日曜日)午後3時より
所在地:
 ●THE MUSIC CENTER AT STRATHMORE
  5301 Tuckerman Lane
  North Bethesda, MD 20852-3385
 ●THE MANSION AT STRATHMORE
  10701 Rockville Pike
  North Bethesda, MD 20852-3224
電話番号(Ticket Office Phone): 301-581-5100
ファックス番号(Fax):301-581-5101
メールアドレス:tickets@strathmore.org

 🎶  ♪

セラーズビル・シアター(Sellersville Theater)
★12月1日(月曜日)午後7時半(8時開演)
所在地:24 West Temple Avenue
Sellersville, PA
電話番号:215/257-5808
チケット: $39 – $55

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ジョージ・ウィンストンのピアノの調べ。。。

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 行って参りました!

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 30年来大ファンのジョージ・ウィンストン氏のコンサートへ!

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 コンサートの後に、夫ともども記念の写真まで撮らせていただき、大感激。毎日あのコンサートの話題で盛り上がっています。詳しくは、こちらでもどうぞ。。。

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愛と祈り、そしてジョージ・ウィンストンの音楽。。。インタビューさせていただきました!ジョージ・ウィンストンのウィンター★コンサート ~ 2.

 
参照:

ジョージ・ウィンストンのオフィシャル・サイト(George Winston Official Site)

①11月30日(日曜日)のコンサート(午後3時開場)

ストラスモア・ミュージック・センター(THE MUSIC CENTER AT STRATHMORE))

・会場:THE MUSIC CENTER AT STRATHMORE 
5301 Tuckerman Lane North Bethesda, MD 20852-3385
・電話番号(Ticket Office Phone): 301-581-5100
・ファックス番号(Fax):301-581-5101
・メールアドレス:tickets@strathmore.org

②12月1日(月曜日)のコンサート(午後7時半開場)

セラーズビル・シアター(Sellersville Theater)
・会場:24 West Temple Avenue Sellersville, PA
・電話番号:215-257-5808
・8時開演
・チケット: $39 – $55

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赤と白と君色と。。。

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たとえ 

どんなに遠くに離れていても、

君の小さな指先が

あの日、私にくれた満ち足りた感覚のように、

君が生まれた国で紡がれた

様々な糸が織りなす色彩の

この手毬の模様のように、

君のこれからの人生が

君自身に

より多くの彩りを残してくれたら、

それ以上のしあわせはないのだろうと思う。

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忘れられない人々 16.木造校舎への入り口

 父方の祖母が商店を営む温泉街の外れに建つ新しい家に引っ越してから間もなく、私は母に手を引かれて初めて新しい学校に行きました。その日は、私の小学校の入学式だったのです。
 校門に立って真正面を眺めると、こげ茶色の二階建ての古い木造校舎がそびえていました。門を少し下って、なだらかな斜面が平坦になった辺りから始まる広い校庭の北側の校舎の前には、国旗掲揚塔や花壇がありました。二ヶ所あるうちの中ほどの入り口辺りには、帰宅後に祖母が教えてくれた「がくもんの、かみさま」の像も立っていました。
 外観の板壁には、雨上がりには湿った木の匂いが校庭いっぱいに漂ってきそうな木枠の窓が沢山はめ込まれていました。
 戸袋のない外壁を眺めながら、雨戸が隠れている場所を探してみたり、校舎の中の様子を想像したりしてみました。

 目の前の木造校舎は、階段が3ヶ所についていて従姉兄たちが全員集まった時にたとえ全員分の布団を敷いても、襖を開けると次の間にはもっと布団が敷けて、さらに奥の襖を開けると山や線路や駅舎が眺められるように、壁一面に大きな窓が設えられた次の次の間に続き、他にも数ある部屋のどの押入れの中からも、打ち直しされたばかりの綿の布団がどんどん出てくる母方の祖父母のお屋敷よりも巨大でした。
 また、長い廊下を挟んで両側にかくれがを探すための板戸や襖や障子が何枚もあり、八畳間の押入れの中の座布団全部を高く積み重ねてそのてっぺんに正座して転げ落ちないようにバランスを取って遊ぶための縁側もある、私の新しい二階建ての家よりも、もっともっと巨大でした。
 新しい家の二階の一間には「きよさん」が住んでいたし、母の実家にも富山の「くすりやさん」さんとか鎌倉の「かまくらさん」とか見知らぬ大人が始終出入りして寝泊りしていましたが、目の前のこの校舎の中にはもっと沢山の下宿人が住み込めそうでした。
 
 
 母が指差しながら教えてくれた西側の一年生の教室がある校舎の前には、ブランコもジャングルジムもありました。
 西側の校舎と北側の校舎をL字でつなぐ角の講堂の向こうにあるはずの、はげ山の頂上がほんの少ししか見えないほど、目の前の校舎は高くそびえ立っているのでした。
 私は、ひとめでその校舎が気に入りました。

 校門の前で写真撮影をしている人達の順番を待っている間に、ブランコに腰かけて国旗掲揚塔の日の丸の旗を見上げたり校庭を眺めたりしていると、誰かのおかあさんと話をしていた母が、お友達に会いに行こう、と弾んだ声で言いました。母は、履いていた私の袴のおしりの辺りについた埃を落とすと、お友達なんて一人もいないとためらっている私の手を引いて、すたすたと校舎に向かって歩き始めました。

 昇降口で素早くスリッパに履き替え、子ども用のスリッパに履き替えた私の手を引いて足早に講堂に入った母は、沢山の椅子が並んでいるステージの前に私を連れて行き、そこで待っているように促すと、真新しそうな白い上履きを履いて講堂をぐるぐる走り回ってお友達と遊んでいたひとりの女の子に声をかけました。
 ちょっとの間かがみこんで話をしていた母が、綺麗な髪飾りであげた前髪を額の上で留めていておでこが出ている女の子を連れてくると、その子は、初めて会う私に自分の名前を言ってから、大きな声で「おともだちになろうね。」と言ってくれました。 
 「なかよくなれるかな。」と私は思いました。私は着物を着て袴をはいていたのですが、その子はお洒落なワンピースを着ていたからです。

<次回に続きます。>

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忘れられない人々 15.イチョウの並木道

 温泉旅館がぽつりぽつりと立ち並ぶ温泉街の入り口の「歓迎」サインをくぐり抜け、商店街の並木通りを中ほどまで歩くと、私は、郵便局前の赤い郵便ポストをポンポンと叩いてから通りを渡り、そのはす向かいにある散髪店の大きなガラス戸の前に立ちました。
 額に両手をかざして中をのぞくと、目の前の奥の壁に掛けられた大きな鏡の前の椅子には、誰も座っていませんでした。
 入り口の右手の洗髪台の椅子にも、順番待ちのお客さん用の手前の椅子にも誰もいませんでした。
 普段は、たとえ椅子が全部埋まっていても、奥の住まいに続く暖簾の下を行き来しているおじさんの顔も見えませんでした。今日はおやすみだったかな、と思いながら引き返そうとしてガラスから離れると、暖簾がはらりと揺れて、奥から、水色がかった白衣を着たおばさんが白いタオルを重ねて持って現れました。

 店の前に突っ立っていた私を見とめると、おばさんは、洗髪用の椅子の方に向かいながら私を見て軽く会釈をしてくれました。私もお辞儀を返しました。
 重たいガラス戸を引いて中に入ると、散髪屋の中にはひんやりとした空気が流れていました。
 おばさんは、柔らかな声音で丁寧に、どこでもいいですよ、と言ってくれ、私は、その日も、鏡の中の景色を確かめてから真ん中の椅子に腰かけました。叔母さんがトントントンとペダルポンプを踏んで椅子が高くなると、大きな鏡台の鏡に映る自分の姿の後ろに通りのイチョウ並木がよく見えました。
 
 長じゅあん、いせや、郵便局のポスト、百貨店、神社、テニスコート、別荘のプール、バラ園の前のおっきな池、と心の中でぶつぶつ呟きながら、鏡に映らない通りのそのまた向こうの山の麓の景色まで頭の中で追いかけていると、鏡の向こうの景色の中の郵便局の赤いポストから、初めてお友達に出した手紙の返事が戻ってこなかった悲しい思い出とともに、ある風景が胸に去来しました。

 その日、一体何事が起ころうとしているかもよく把握できないまま、とにかく祖母のお店で買い物しながら興奮した様子で祖母と話していた常連のお客さんに言われた通りに、イチョウ並木の通りに行ってみると、理髪店と郵便局の前には多くの人が立っていました。大人はそれぞれ、小学校の国旗掲揚塔で見るのより小さなおもちゃのような紙製の日の丸の旗を持って、にぎやかにおしゃべりしていました。
 男の人たちが声をかけあいながら、その場にいた大人全員に行き亘るように旗を配っていました。一体どこからこんなに来たのかと思うほどの数の小さな旗が配られました。

 間もなく大声で、男の人の掛け声がしました。すると、どよめきと共に、私の周りの大人がそれぞれ手にした日の丸が、いきなりざわざわと音を立てて、私の頭の上で動き始めたのです。人いきれの中、ざわざわと音を立てつづける頭上の旗を見上げてあっけにとられていると、小さな日の丸の旗同士が擦りあって立てる紙の音はさらに高くなりました。
 人の波をくぐって少し前のほうへ行ってみると、左側に立っていた知らないおばさんが、私には回ってこなかった日の丸の旗を、素早く私の手に握らせてくれました。
 通りに向かって次々と身を乗り出す大人の大きな体に阻まれて様子が見えなかったので、私は、さらにするすると大人たちの体の脇をくぐって一番前の列に並びました。
 そして、温泉街の「歓迎」の看板の方からゆっくりとイチョウ並木の通りに入ってきた車の群れに向かって、手にした旗を大きく振り始めました。
 
 やがて、ゆっくりと私たちの前に近づいてくるピカピカに磨き上げられた黒塗りの車を見とめると、旗を持った大人たちが一斉に声をあげました。
 「車が通り過ぎるまで目を閉じるな。」と、隣りのおじさんに言われた通り、私は、大きく左手で掲げた旗を振りながら、瞬きもせずに近づいてくる車を見つめていました。そして、車が私のすぐ前を百貨店の方に向かって通り過ぎた瞬間、ぐるりと振り返り人ごみの中から抜け出ると、祖母のお店に向かってわき目も振らずに駆け出しました。
 お店の中に駆け込み、即座に今しがた見たばかりの光景を祖母に報告すると、祖母は、右側の後部座席のそのお方が日本の「天皇陛下」で、その日「天皇皇后両陛下」は県内への行幸の折、私が住む温泉町の一番奥の旅館へ向かわれていることを教えてくれたのでした。
 
 目の前の鏡の向こうには映らないあの日の風景を追っている私の横に立った理髪店のおばさんは、何も語らずに、穏やかな表情で私の前髪を切りそろえてくれていました。生ぬるい空気が停滞した店の中には、いつまでも、チョキチョキと私の髪を切るおばさんのハサミの音だけが鳴り響いていました。
 引っ越してから初めて、以前に住んでいた町のお友達に宛てて書いた便りへの返事が届くことはありませんでしたが、目の前の鏡に映る新しい通りの風景は、こんな風にして、思いがけない様々な出会いを私に約束してくれるのでした。
 

 
<次回に続きます。>

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