真っ白に塗り替えられた庭のデッキの
ひとひらの落葉の向こうにぼんやりと映る君は
過ぎ去った夏の風景の向こうにたゆたう幻影ではなく、
散ることを忘れたコスモスの花びらのように
土や水や鳥や、あの雲のはざまに見え隠れする太陽のように
確かに、今もぼくの前に在る。
* * *
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真っ白に塗り替えられた庭のデッキの
ひとひらの落葉の向こうにぼんやりと映る君は
過ぎ去った夏の風景の向こうにたゆたう幻影ではなく、
散ることを忘れたコスモスの花びらのように
土や水や鳥や、あの雲のはざまに見え隠れする太陽のように
確かに、今もぼくの前に在る。
* * *
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土曜日の夜のことです。
前夜、12時過ぎに床に就きベッドでぐっすりと眠っていた丑三つ時に、猫に飛び乗られて目が覚めてしまい、3時間の睡眠で仕事に出かけ、夜遅くに帰宅し食事の支度をし、暖炉にくべられた薪がパチパチと心地よい音を立てて燃えているのを眺めながら、寛ごうとしてソファに寝そべろうとした時のことでした。
ごろりと横になろうと思ってソファに近づいて行き、暖炉のマントルの上をふと見ると、私が友人にプレゼントされた油絵の額縁の中の風景画が外されているのに気が付きました。
暖炉の明かりだけの薄暗がりのリビングルームで、マントルに近づいてよく見てみると、私のお気に入りの無名のアーティストの風景が描かれたキャンバスが外された額縁の中には、入れ替えるならこれしかないと思っていたゴッホの「星月夜」のレプリカではなく、夫が携帯電話で撮り私が拡大コピーをしてプレゼントしたばかりの、彼の「お友達」のカエルの写真が飾られていました。
9月の末に、夫がプールのスキマーの掃除をしている最中に、蓋の下のバスケットの中にたまった葉っぱの上に一匹のカエルが座り込んでいるのを発見して救出してから、彼は、そのカエルを「プリンス・ルパート(ルパート王子:Prince Rupert)」と呼んで庭で遊ばせていたのですが、ルパート王子さまは、2日ほど庭のプールの周辺で眠ったり飛び跳ねたりして仲間と遊んだりした後、すっと姿を隠してしまってしまっていました。
ところが、2,3日前、プールの水面にぷかぷか浮いている枯葉の掃除の最中に、再び夫がスキマーの蓋を開けてみると、行方が分からなくなってしまっていたルパート王子さまが、バスケットにたまった赤や黄色の葉っぱの上で、あたかも誰かがその蓋を開けて救出してくれるのを待ちわびているかのような姿で、辛坊強く鎮座していたというではありませんか。
さまざまな神様が飾られた我が家の ‐ 夫曰く「ブツダン(参照:クリスマスの飾りをしまおう!)」- には、またしても私が居ぬ間に夫が移動させた「学業成就」のお札や、妹からの贈り物の安産のお守りや、鎌倉で購入したダイブツ様や、大黒様に見えなくもない木像のほかに、どうやら、庭の神様も仲間入りしたようです。
秋深まる裏庭の落葉さながら、秋をよそおうルパート王子さまの笑顔は、今日も我が家のリビングルームの暖炉のマントルの上で、西陣織の帯のようにキラキラと輝いています。
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そろそろ8月も終わりに近づいたある朝のことでした。パパが「プールの脇の階段のそばに、また、小さな落し物があるんだよ。近所の猫のしわざかな。。。これで2日目だ。」と嘆きながらドアを開けて入ってきました。
落し物を拾ってデッキの掃除をしてガレージの上の屋根裏部屋で急ぎの仕事を片付けていると、一階の寝室の方から「裏にバニーが来ているよ~。」というパパの声が聞こえてきました。「あ、そう~。」とだけ言って再び机に向かっていると、数分後再び「カメラはどこ~?バニーがまだいるよ~。」という声が聞こえました。逃げ足の速いバニーの姿をカメラに収めることができたのはこれまで2,3回だったので、期待せずにカメラを抱えて降りて行って寝室の窓から外を見てみると。。。
パパが見かけたという迷子のバニーが、まだ裏庭のフェンスの外にじっと座り込んでいるのが見えました。ベッドの脇のテーブルによいしょとよじ登って見ているうちに、バニーは大きなカシの木の根元の植木の陰に隠れてしまいました。ドアを開けて外に出て近づこうとすれば、きっと逃げられてしまうに違いないと思い、仕事部屋に戻ろうとすると、「ぼくが庭の椅子に座っていても、ずっとフェンスの中や外を行ったり来たりしているんだよ。お腹が空いているのかなあ。落し物はあのバニーのだったんだね。」とパパが言いました。
「どれどれ。」と言いながら、外へ出て、バニーに会いに行ってみると、そのバニーは、フェンスを出たり入ったり。急にかくれんぼを始めました。
「ピートくん、みーつけた。。。!」
バニーのピートは、「つかまえられるならつかまえてみて~!へへ~ん。」という具合に左足をあげて、再びフェンスの外に出て行ってしまいました。
そして、裏庭の雑木林のカシの木の根元の草をむしゃむしゃ食べ始めました。
そして、くるっと方向を変えて、ピョンピョン跳んで行きました。
ピートは、フェンスの脇の草の上でまた止まりました。
「なにか、おいしい食べ物はないかなあ。。。」くんくんくん、くんくんくん。

ピートは、くるっと方向を変えてフェンスの入り口のドアの下から庭の中に入ってきました。そして、ぴょんぴょん跳ねているうちに出口がわからなくなってしまいました。
体が大きすぎて柵の間から出られなってしまったバニーのピートは、フェンスの中で跳ねまわり始めました。「にんじんか何かバニーが気に入りそうな野菜はあるかな。」とパパが提案しました。「行ったり来たりしている間に雑木林のほうに逃げてしまうかもよ」と言いながらキッチンでセロリとりんごの「グラニー・スミス」を切って再び外へ出てみると、バニーのピートは、まだフェンスの中のパパの椅子の横で飛び跳ねています。
切ってきたりんごを向けると、ピートは、くんくんと鼻をうごかしました。
そして、ゆっくりと近づいてきました。
そして、ぱくっ。
そして、また、ぱくっ。
ぱくぱくぱくっ。
それからは、ぱくぱく、むしゃむしゃ。
ぱくぱく、むしゃむしゃ。ピートは、うれしそうに夢中で食事を始めました。
リンゴも気になる、セロリも気になる。むしゃむしゃむしゃ、むしゃむしゃむしゃ。どっちもおいしい、むしゃむしゃむしゃ。
リンゴとセロリをたらふく食べたピートは、よろこびいさんで庭中を飛び跳ねています。
こうして、バニーのピートは、裏庭のパパの椅子のそばでとんだり跳ねたりして思いっきり遊んだあと、満足げに、裏庭のそのまた裏の雑木林の向こうへと消えて行ってしまったのでしたとさ!
お・し・まい!
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今朝起きてみると、携帯電話に父からの短信のメッセージが入っていました。今日お誕生日を迎えた祖母に私が送ったカードが届いたという知らせでした。
昔は手紙を書く習慣がありましたが、今はメールという便利ながらも厄介な代物があるため、家族や友人へのお誕生日のご挨拶は、ついメールで済ませてしまいがち。。。祖母はもとより家族や知人に最後にお手紙を出したのは一体いつのことだっただろうか、と反省し、今年こそは少なくても祖母へのお誕生日のお祝いのカードだけは8月に入ったらすぐに送付しようと思っていながら、再びぎりぎりセーフで先週送ったばかりでした。
祖母は、元気に現役で商店を営んでいた頃、たまに、遠くにいる孫娘のためにと、ゆっくりと時間をかけて書いてくれたんだな、とわかるような丁寧な字体でお手紙をしたためてくれたものでした。その祖母の息子の父も、とても筆まめで、定期的に送ってくれている家族や知人へのニュースレターの中に必ず一筆「元気だよ」とか「XXさん(夫)によろしくね」など手書きの文章とお茶目な絵文字を添えてくれるので、その一言を読んだり絵文字の意味を考えたりするのは、とても楽しみなものです。
祖母が105歳のお誕生日を迎えた今日、庭の花を摘みながら、小学校の高学年の頃100円位の花束を3束ほど買って帰ったり、高校生の頃大きなカスミソウの花束を買って帰ったりして「畑にいっぱいお花があるんだから、ほかの店でお花は買ってこなくてもいいんじゃないの?」と言って窘められた日のことや、丹精込めて野菜や花々を育て畑に這い蹲るようにしてカマを使って草取りをしていた祖母の姿や、遠い少女時代の沢山の出来事を思い出し、あらためて愛情と真心をこめて大切に育ててくれた祖父母や両親に対する感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。
朝、感慨深い思いで祖母や日本の家族を懐かしんだ後、とうにお誕生日が過ぎてしまった(あるいはすぐそこまで来ている)日本に住む姉妹たちにメールで「遅くなったけれどカード送ります。」という懺悔の思いを託したメッセージを送ったことは言うまでもありません。
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