樹木の記 ~ 家族の風景

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この澄み切った空の色は
たしかに 
住み慣れた町を去り
新しい家に移り住んでまもない 
春の午後
目の前に 広がっていた 
あの時の 空の色と同じだ - 。

道端にたたずんで あの樹木を眺める度に
家族と過ごした あの頃を思い出す。

大きな家の中には
父がいて 母がいて 祖母がいて 

そして
そこには
いつも
子どもたちの笑い声が 響いていた。

廊下の柱に 顔を近づけると
ツーンと いい香りが 鼻孔をついて
天井にも 障子にも 
ふすまにも 床にも 階段にも
そこかしこに 木の匂いが漂う 
あの大きな家の中には
いつも だれかしら いた。

道端にたたずんで あの樹木を眺めるたびに
家族と過ごした あの頃を 思い出す。

木の香に包まれて 眠りについた
あの大きな家を 思い出す。

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Let Us Celebrate

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稜線の光

OldShed2

霜が降りたばかりの朝焼けの野原に

祖父の背中を追いかける五歳の私の幻影が映る

 ⁻

麦わら帽子を掴み

キノコ採りに出る祖父の背中に向かって

祖母は一体何と声をかけていたのだろう

 ₋

言い出したら聞かない駄々っ子のように

返事もせずに

祖父は一心に山を目指した

 ⁻

ナラ林の下生えを

音を立てて踏みつける祖父の背中を

私はひたすら追いかけた

 ₋

湿った苔の匂いが沈滞する樹木の枝葉の合間から

傾きかけた午後の日差しが入り込んでも

祖父は前に向かって進んで行った

振り返らずに 

 ⁻

鬱蒼と茂る木々の枝葉の隙間に

わずかに覗く西の空に向かって

翳す私の左手を

柔らかな木洩れ日は包み込んだ

夕刻の稜線を照らす光のように 

 ₋

私は

カブトムシの幼虫と戯れ

飛び交う鳥のさえずりに耳を澄まし

野花を摘んだ

祖父の背負い籠がいっぱいになるまで 

 ⁻

もしかすると

私が吹く笹笛の音は

祖父の耳に届かなかったのかもしれない

 ₋

もしかすると

祖父の小宇宙にも

私は存在していなかったのかもしれない

*   *   *

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