霜が降りたばかりの朝焼けの野原に
祖父の背中を追いかける五歳の私の幻影が映る
⁻
麦わら帽子を掴み
キノコ採りに出る祖父の背中に向かって
祖母は一体何と声をかけていたのだろう
₋
言い出したら聞かない駄々っ子のように
返事もせずに
祖父は一心に山を目指した
⁻
ナラ林の下生えを
音を立てて踏みつける祖父の背中を
私はひたすら追いかけた
₋
湿った苔の匂いが沈滞する樹木の枝葉の合間から
傾きかけた午後の日差しが入り込んでも
祖父は前に向かって進んで行った
振り返らずに
⁻
鬱蒼と茂る木々の枝葉の隙間に
わずかに覗く西の空に向かって
翳す私の左手を
柔らかな木洩れ日は包み込んだ
夕刻の稜線を照らす光のように
₋
私は
カブトムシの幼虫と戯れ
飛び交う鳥のさえずりに耳を澄まし
野花を摘んだ
祖父の背負い籠がいっぱいになるまで
⁻
もしかすると
私が吹く笹笛の音は
祖父の耳に届かなかったのかもしれない
₋
もしかすると
祖父の小宇宙にも
私は存在していなかったのかもしれない
* * *
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