稜線の光

OldShed2

霜が降りたばかりの朝焼けの野原に

祖父の背中を追いかける五歳の私の幻影が映る

 ⁻

麦わら帽子を掴み

キノコ採りに出る祖父の背中に向かって

祖母は一体何と声をかけていたのだろう

 ₋

言い出したら聞かない駄々っ子のように

返事もせずに

祖父は一心に山を目指した

 ⁻

ナラ林の下生えを

音を立てて踏みつける祖父の背中を

私はひたすら追いかけた

 ₋

湿った苔の匂いが沈滞する樹木の枝葉の合間から

傾きかけた午後の日差しが入り込んでも

祖父は前に向かって進んで行った

振り返らずに 

 ⁻

鬱蒼と茂る木々の枝葉の隙間に

わずかに覗く西の空に向かって

翳す私の左手を

柔らかな木洩れ日は包み込んだ

夕刻の稜線を照らす光のように 

 ₋

私は

カブトムシの幼虫と戯れ

飛び交う鳥のさえずりに耳を澄まし

野花を摘んだ

祖父の背負い籠がいっぱいになるまで 

 ⁻

もしかすると

私が吹く笹笛の音は

祖父の耳に届かなかったのかもしれない

 ₋

もしかすると

祖父の小宇宙にも

私は存在していなかったのかもしれない

*   *   *

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