秋の音色が奏でる景色

先週、夫が誕生日を迎えました。 

 病気で、つい最近までしばらくの間療養していた夫が、「曲の合間にチベットの鈴の音が聴こえる音楽を聴くとよく眠れる。」などと言っていたのを思い出したのか、長男が、オンラインで検索したお店のウェブサイトを見ながら、「何か贈り物をしたいんだけど、これならきっと気に入ってもらえると思う。」と言うので、夫の誕生日に、息子がインターネットで見せてくれたチベット仏教の鈴の実物を見に、家族でそのお店へ出かけてみました。

 お店の中に入ってすぐのところに設えられたテーブルの上には、グレイがかった緑や朱色や濃い黄色等で独特の装飾が施された丸形の鈴が、鈴棒といっしょに、数点飾ってありました。
 鈴棒を一本手にとって、早速ひとつ打ち鳴らしてみると、手加減したのに、ゴーンという高らかな音が店内に響き渡りました。咄嗟に「あれ?ちょっと違うなぁ。」をいう言葉が口をついて出ました。
 次のを打ち鳴らしてみました。少し哀しい音色です。テーブルの反対側で息子も鳴らしてみています。「あ、この2番目の。こっちの方かな。」と言いながら息子の表情を覗いてみると、彼も、まだ少し納得のいかない様子で、首を傾げながら別の鈴の音を試しています

 数分後に「おじいちゃんの仏壇の鈴は、2番目のこの朱色の、この音に一番近いと思う。」と私が言うと、5つの鈴の音色を2回ずつ聴き終えた夫が、鈴台の上の鈴を眺めながらためらいがちに「でも、こんな高価な鈴は必要ないよ。僕のチベットの瞑想音楽は、ユーチューブで聴くので十分だ。」と言うので、私たちはそのテーブルを離れて、店内の別々の場所で、それぞれに、ウィンドー・ショッピングを始めました。

 広い店内には、巨大な釈迦の木像や本格的な撞木がついた高価そうな金属の鐘、絵画、壁掛け、木工細工、沢山のミネラルやクリスタル、石で作られたアクセサリー、お香など、オーナーの方がアジア各国から取り寄せたという数々の商品の他、CD、書籍が整然と並べられた陳列棚がセンスよく配置されています。 
 
 時間をかけて見てまわってから、奥のコーヒーメーカーでスターバックス社のコーヒーを一杯淹れて25セント硬貨を4つ、賽銭箱ならぬ「ドネーション・ボックス」と書かれた箱に入れた後、中央にセッティングされたテーブルの前の長椅子に座って、店内で手に取った本に目を通していると、「ボクにプレゼントをくれるなら、これにしてくれないかな?」と言いながら、夫が、彼の大きな手の平におさまる程度のちっちゃなチャイムが入った透明な袋を私の前に差し出しました。 
 
 読んでいたジャネット・コナーの日記帳「My Soul Pages(わたしの魂のためのページ)」の中の『ヘッセのことわざ』から顔を上げると、彼は満足そうに、「サンプルで上からぶら下がっているのを聴いてみたけど、心が洗われるような音色なんだよ。聴いてみる?」と、満面に笑みを浮かべています。
 満足そうな夫の表情に、サンプルのチャイムの音は聴かずに、私達は数分後、小さなチャイムが入ったバッグを持ってその店を後にしました。

 夫が選んだ小さなチャイムは、今朝も、もうすぐ夏が終わろうとしている裏庭のデッキ脇のメープルの葉陰で、耳を澄まさなければ聞こえないほど静かに、優しい音色を奏でています。

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