そのデパートのレストランの分厚そうなガラス窓からは、眼下に、雑然と並ぶ建物の屋上が見下ろせました。ガラス越しに柔らかな陽光が差し込む窓際の席で、叔母と私は、向かい合って座って、お料理が運ばれて来るのを待っていました。
テーブル席に着く直前のことでした。
レストランの入り口で、食品模型を見ながら何を注文しようか迷っていると、ガラスケースの上のほうに、横に一列に並んだボウリングのびんのような形の5体の「こけし」が見えました。
こけしはこけしでも、並んでいる人形の目はぱっちりと大きく、原色の赤や緑やほかの色で施された色付けが華やかなので、その美しさに見とれながら、大きいのから小さいのまで見比べていると、叔母は、それらが外国から入って来た物で、真ん中のお腹のあたりをひねって開けることができ、一番大きなのの中にその次に大きいのが入り、そしてその次に大きいのがその中に入り、を繰り返すと、最後には一番大きなのの中に小さいのが4つ隠れてひとつになるしくみになっていることを教えてくれました。
テーブルを挟んで向かい側に座っていた叔母に、何度教えてもらってもそのこけしの名前を覚えることができなくて、恥ずかしい思いで窓の外を眺めていた私に、叔母は、バッグの中から取り出した葉書を見せてくれました。
叔母は、その葉書は「ゆにせふさん」が作っていて、何十円かのその葉書を買うと、1円とか2円とかが、外国の困っている子どもたちを助けることにつかわれるのだということを教えてくれました。1円とか2円とかじゃおばあちゃんのお店に売っているイチゴ味のチョコレートが買えない、と思いましたが、叔母は、外国には、ご飯も食べられないお友達が沢山いるけれど、沢山の人がゆにせふさんが作った葉書を買って1円玉でも沢山集まると、その子どもたちは、ご飯が食べられるようになることを教えてくれました。
手に取って葉書を裏がえしてみると、そこには、私より4歳年下の妹にでも描けそうな絵が描かれていました。
変な名前だとは思いましたが、小学校に入って初めてお友達になってくれた「ゆみこちゃん」の名前に似ていたので、心の中で呪文のように「ゆにせふさん」を繰り返していると、それだけは言うことができるようになりました。さっき、店頭のガラスケースの中のこけしの名前が言えなかったのが不思議なくらいでした。
目の前に、それまで私が見たことがなかったようなお料理が運ばれてきました。
テーブルを挟んで向かい側に座っていた叔母は、上手に「ゆにせふさん」が言えるようになった私を見つめて満足そうにうなずくと、鞄の中に葉書をしまいながら、叔母の家に帰ったら、その葉書をわたしにくれると約束してくれました。わたしは、いつかその葉書を作っているゆにせふさんに会ってみたい、と強く思いました。
<次回に続きます。>
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